Kensho Maekawa official website | N先生についての記憶 その1
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N先生についての記憶 その1

知る人ぞ知る伝説の音楽家 N先生。
もうお亡くなりになってから数年と経ちます。演奏がうまくいった時、うまくいかなかったとき、悲しいことがあった時、ワーグナーを聴く時、ことあるごとに先生のことを思い出すのですが。

大学二年生の時に練習のしすぎと風邪をこじらせ声帯結節をつくってしまいました。完治はしたのですが、声を出すことへの恐怖症で人前で歌うことが恐ろしくなったり(普段私のことを知ってる人はびっくりするかもしれませんが笑)。
今でこそ歌う機会を少しずついただけるようになりましたが、当時は演奏の仕事などもちろん、学内や友人企画の出演も断ってました。まぁそもそも絶望的に下手くそだったので誘いもほぼありませんでしたけど。

そんな時に国立音楽大学で面白い授業を開講してる先生がいると耳にしました。

「演奏家の為の理論ソルフェージュ」

とにかく意味不明だけど、講師が面白い、というか、天才じゃないのか、一周回ってやっぱ意味不明だろなんなのあれ、そんなクチコミの授業でした。
大学三年生、前川は音楽演奏以外の成績はダブルAの成績の優秀さ(音楽演奏はBかC 今思い出しても溺死したくなるほど演奏できなかった)で三年時で単位の心配はほとんどなかったため学内の授業などほとんど取らずボーッとしたキャンパスライフをおくりそうになってましたが、この演奏家の為の理論ソルフェージュという授業に呼ばれてるような気がし、受講することにしました。

いまでも忘れられない初日授業。

突然乱暴に開かれるドア。

杖をつき、

分厚い眼鏡、

浮浪者のような髭、

禿げ散らかった頭、

どうみても禍々しいオッサンがそこにいました。
(うわぁなんかヤバそうなのきたぁぁぁ)
正直な感想でした。
「…出席を取る」
明らかに不機嫌な声。目もすわってる。というかなんなんだその服は、上着もズボンも同色ストライプじゃないかほぼパジャマだろう。

ヤバい

確実にヤバいぞこれは

出席を取り終えたその男はぶつぶつと呪詛のようなものを唱えながらピアノ椅子に座った。
突然目がクワッと開き、修羅のごとき勢いでピアノを弾きだした!えええ!何か説明とか授業の導入とかないよかよ!!しかしその音色といいテンションといい僕は昨日のごとく覚えているのだが、信じられないほど力強く、豊かな演奏だった。

ヤバいよママン

生徒たちが呆気にとられる中。突然ピアノが止まる。

クルッと我々を見つめ不気味な笑顔を浮かべたその男は
「皆さんご存知のとおり、この曲マーラー第三交響曲です ラインスドルフの演奏からもわかるとおり…」

ああヤバい人に出会ってしまった。

でも一番ヤバいのは、

僕がかつてないほどに心踊っているということです。この人とんでもない先生だ、そう直感したのでした。