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KENSHO MAEKAWA

N先生についての記憶 その2

知る人ぞ知る伝説の音楽家 N先生。
もうお亡くなりになってから数年と経ちます。演奏がうまくいった時、うまくいかなかったとき、悲しいことがあった時、トスカニーニを聴く時、ことあるごとに先生のことを思い出します。

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マーラー第三交響曲をその場でピアノに編曲し、弾き出した天才(変態?)ピアニストN先生。その独特の話し方や風貌、なにより圧倒的な知識量に一瞬で僕は引き込まれてしまった。(この先生はすごい人に違いない・・・)と21歳の青年前川健生はそう思ったのでした。

それからN先生を観察する日々が始まった(こういうことをするあたり僕自身変態である)
N先生はいつも杖をついている。
いつも大量の楽譜がつまった鞄(大変にぼろい)を持ち歩いている。
ぶつぶつと常に何か呪詛のようなものを唱えている。

不気味すぎて超おもしろい。

また、基本的に国立音大ではソルフェージュや和声の授業を担当していた。先生は学内のコンビニ(当時はAMPM)でよく買い物をするのだが、トロピカーナのフルーツジュースかジャスミンティーを好んで飲んでいた。それを一口飲むと、
「ハオオオオオオオ!」
と突然発声を開始したりするのだ!道ばたで!マジで!
しかも結構いい声だったりするのである。親しい友人がN先生の経歴に詳しかったのでいろいろ聞いてみた。どうやら芸大時代は声楽専攻であったことが判明。芸大時代に声楽、和声、オルガン、ソルフェージュ、ありとあらゆるジャンルを勉強し尽くした先生だったという話も聞かせてもらいますます先生に興味が出てきた。

いろんな友人に話を聞いてみたが、やはり大変高名な方らしい。特にソルフェージュ、和声の専門の先生の間では恐れられてるほどの存在らしいとも。当時私は国立音大声楽科の中でもド底辺の学生。おいそれと話しかける勇気がなかった…なんてことはなく、すぐに次の授業後から先生にラブコール!話しかけてみました。絶対この先生に弟子入りしよう、運命の先生に違いないのだと!

Kensho「N先生、ラインスドルフの演奏をさっそく図書館で借りてまいりました。マーラーはほとんど聞いたことなかったんですが、感激しました。」

N先生「ああ、それは大変結構です。ところで君、ビール好きかい?今度恵比寿で地ビールフェスティバルがあるんだけど、一緒に飲みにいかないかい?あとね池袋に最高に美味しいカメルーン料理のお店があって、ビールフェスティバルの後にそこに行って、そのあと…」

うおおお超気さくじゃねえかああああ!

ということで、数日後先生とその愉快な門下生たちと一緒に恵比寿のフェスティバルに参加。私は酒に大変弱いのですが、頑張って飲みました。べろべろに酔っぱらいながら門下生の会話を聞いていたのですが、哲学書やクラシックのハイレベル過ぎる会話…。せ、拙者ではとてもついて行けないぜよ…と思っていると突然
門下生1「やはり僕もですね、ハートマン軍曹のように…」
Hartman
kensho(こ、この門下はキューブリック映画フリーク揃いか!だったらいけるぜ!)
幼い頃にみた映画「フルメタル・ジャケット」が当時動画サイトで大流行していたので、突然会話に参加。クラシックの知識などまるで無い僕だったが、ハートマン軍曹の台詞を一言一句丸暗記していただけですっかり輪の中に溶け込めた。オタク趣味があって良かったなぁと心から思った瞬間であった。

恵比寿でのビアフェスティバルのあと、池袋のカメルーン料理のお店に移動。どうやらN門下の中でも秘密兵器のような最強の店らしい、1000円バイキングのカメルーン料理。生活感丸出しの、はっきり言って上級者向けすぎる店だったが、料理の味はバツグン。びっくりするぐらい美味しい。
N先生「ああ…なんて美味しいんだろう」
先生、ひげにソースついてます。ここでもたらふくビールを飲む先生。どれだけ飲むんだろう…

そんなこんなで、N先生門下への弟子入りの道。とりあえず、先生とその門下生による欲望まみれの企画に初参加。意外と敷居は低く、わりとスルッと受け入れてもらえた。先生に弟子にしてくださいとは言えなかった。

余談…3年ほど前、池袋のカメルーン料理屋に行こうとしたら、閉店していました。N先生との思い出のお店であり、初めて東京へ来て、コミュニティーの中に受け入れてもらえた記念の店。とても寂しかったですが1000円バイキングじゃ採算とれないよね(笑)寂しいけれど、それも含めてN先生との思い出なんだなぁと書きながら思いました。

続く。

 


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